代表者あいさつ

がんの免疫療法に対する期待が大きく高まっています。アメリカの科学雑誌の代表である「Science」に2013年の画期的なトピックスとしてがん免疫療法が挙げられたのはまだ記憶に新しいところです。私たちの身体に備わっている免疫力は細菌やウィルスなどの感染症に対する抵抗力であることは古くから分かっていました。最近の研究は、免疫力が身体の中に発生したがんに対しても働いていて、がん細胞の増殖を抑えたり、がん細胞を壊したりできることが分かってきました。がんの免疫療法は、この免疫力をいかに強めてがんの治療に役立てるかにかかっています。私どもは、20年以上に渡り、身体の免疫力を高めるがんワクチンの開発研究や、免疫力の中心となるリンパ球(とりわけT細胞)を体外で操作して増殖したあとに患者さんに輸注するという細胞療法の開発を手掛けています。動物実験や実験室での研究成果に基づいて、これらの治療法の安全性や有効性を確かめる臨床試験まで幅広い研究を進めています。

遺伝子・免疫細胞治療学研究室(ユナイテッド・イミュニティ株式会社産学官連携講座)

この研究室では、がん細胞を検出し破壊できるキラーT細胞の輸注療法の開発研究を進めています。キラーT細胞はその表面にT細胞受容体(T cell Receptor;TCR)を発現しており、このレセプターで標的となる細胞を検出します。私たちの体内にあるキラーT細胞は、様々な標的分子を検出する細胞の集団です。私共は、患者さんの血液から準備したリンパ球に、がん細胞を検出できるTCRの遺伝子をレトロウイルスベクターを用いて導入し、がん特異的なキラーT細胞を人工的に作製します。これらのキラーT細胞を培養増殖し、患者さんに輸注するという治療法の開発を進めています。

一方、がん細胞の表面にある抗原分子に対する抗体の遺伝子を改変し、T細胞のレセプターとして用いるアプローチがあります。抗体遺伝子は、T細胞内部でシグナルを伝達するために、いくつかのT細胞由来分子とのハイブリッド遺伝子として用います。このアプローチはキメラ抗原受容体(Chimeric Antigen Receptor;CAR)と呼ばれています。私たちはいくつかのがん抗原分子に対する抗体遺伝子を用いて検討を進めています。とりわけ私たちは、がん細胞の内部にある抗原分子に由来するペプチドとMHC分子との複合体が極めてがん特異性に優れていることから、これらのペプチド/MHC複合体に対する抗体を作製し新しいCAR治療法の開発を進めています。
既にこのように作製したキラーT細胞が動物実験等で安全であることを確認し、三重大学および連携する国内施設と共同で臨床試験を進めています。

個別化がん免疫治療学研究室(ブライトパス・バイオ株式会社産学官連携講座)

がん細胞は様々な遺伝子変化が積み重なって生み出されます。これらの遺伝子変異により、がん細胞は正常細胞とは異なる多くの変異型タンパク質(ペプチド)を作り出します。これらの変異型ペプチドは、これまで個体の中に全く存在していない為、体内で強い免疫原性を持つことが期待されています。
変異ペプチドをがんワクチンとして用いたり、又、それらに対するT細胞をがん免疫治療に用いる事が可能となります。これらのがん変異ペプチドは個々の患者さんによって多くが異なっており、それ故それらを用いてのがん免疫療法は、個別的がん免疫療法となります。本年度に入り、私たちはこの新しいがん免疫療法を開発する「個別化がん免疫療法」という研究室を発足させ研究を進めています。

複合的がん免疫療法研究センター(三重大学 リサーチセンター)

がんに対するより有効で安全な治療法としては、いくつかの異なった治療法を組み合わせる複合的がん免疫療法が大切だと考えられます。このセンターでは、私共がこれまで開発してきたがんワクチン、T細胞輸注療法を中心に、どのような治療法の組み合わせが有効なのかを検討しています。私共は十数年前からCHP(Cholesterol Hydrophobized Polysaccharides)という多糖類と、がん抗原蛋白との複合体によるオリジナルがんワクチンの開発研究を進めてきました。このがんワクチンとT細胞輸注療法の組み合わせが極めて強い効果を示すことを最近発見しました。本年度この複合的がん免疫療法の臨床試験を開始しました。また最近、キラーT細胞が産生する膜小胞(エクソソームと呼ばれます)が、がんの浸潤転移を抑制することを見出しました。CAR遺伝子、TCR遺伝子およびエクソソームなどを複合的がん免疫療法開発に利用することを考え、幅広い研究を進めています。

(2018年9月 珠玖 洋)