CAR/TCR遺伝子を導入したαβ-T細胞

  1. はじめに
    現在、内因性抗腫瘍性CD8陽性T細胞(いわゆる細胞傷害性T細胞;Cytotoxic T lymphocyte, CTL)を利用するチェックポイント阻害剤と、体外で製造した抗腫瘍性エフェクターT細胞をがん患者体内に直接輸注する養子免疫療法の2つが「がん免疫療法」を強力に牽引している。
    養子免疫療法に用いる「がん特異的エフェクターT細胞」は、「がん細胞を正常細胞と能動的に識別して攻撃殺傷する」特性と「がん細胞認識に続いて自律的に増幅する」特性を併せ持つ、従来の抗がん剤とは全く異なる「細胞製剤」である。現在、研究段階も含めて様々なエフェクター細胞があるが、現状は遺伝子改変を加えてがん細胞特異性を付与した患者自身の自家αβ-T細胞の利用が主流で、健常者由来同種T細胞の利用が検討されている段階にある。遺伝子改変αβ-T細胞には、がん抗原特異的T細胞受容体(T cell receptor; TCR)遺伝子を導入したTCR-Tと、がん抗原特異的モノクローナル抗体を抗原認識部位に持ちT細胞活性化分子と直列に繋いだ人工的受容体のキメラ型抗原受容体(chimeric antigen receptor; CAR)遺伝子を導入した、当初T-bodyとも呼ばれたCAR-Tがある。(図1)
  2. TCR遺伝子導入αβ-T(TCR-T)
    TCR-Tは、樹立したがん抗原特異的CTL、 或いは、腫瘍組織浸潤Tリンパ球(TIL)から得たTCR α鎖・β鎖遺伝子cDNAを, レトロ・レンチウイルスベクターを用いて、或いは、非ウイルスtransposonやTCR-αβ遺伝子mRNAをelectroporationで導入し、新たに付与したがん抗原特異的傷害活性を発揮する細胞製剤である。
    現在のTCR-T療法では、 生理的に正常組織にも少量発現するががん細胞に過剰発現している自己抗原(がん関連抗原)、がん細胞以外の正常組織では精巣等のHLAを持たずT細胞の攻撃を受けないgermline細胞にのみ発現するがん精巣抗原(CTA)、 パピローマウイルス関連腫瘍等に発現するウイルス関連(非自己)抗原、がん細胞に特異的な遺伝子変異に由来する変異抗原(ネオアンチゲン)をHLA class I拘束性にCD8陽性CTLが認識するTCRを遺伝子導入する。これら治療用TCR遺伝子を受け入れるT細胞側では、治療用TCR、そのT細胞が本来持っている内因性TCRに加えて、これら2つのTCRの間でα鎖・β鎖間の組み換えで生じた望まない組み合わせ(ミスペアTCR)が生じる。ミスペアTCRは予期しない重篤な自己免疫疾患のリスクになるのみならず、 治療用TCRの発現効率を落としてTCR-Tの抗腫瘍活性を下げてしまう。健常者由来同種T細胞を用いる場合には、 内因性TCR自体が治療関連有害事象である移植片対宿主病(GVHD)を誘発する。
    がん細胞に過剰発現する自己抗原特異的TCR-Tでは, 抗腫瘍効果はあるものの正常組織に対する実質的なon-target/off-tumor治療関連有害事象は不可避である。従って、有効なTCR-Tを製造するには、腫瘍特異性の高い抗原を選択して、適正な親和性を持つTCRを準備する必要がある。(参考文献1,2)
  3. CAR遺伝子導入αβ-T(CAR-T)
    CAR-Tは、標的抗原特異的なモノクローナル抗体の軽鎖・重鎖可変領域を一本鎖化した(scFv)細胞外ドメイン(抗原認識部位)を、CAR-Tとがん細胞との適切な機能的空間的距離を微調整するCD8α等のヒンジを経て、膜貫通部から第2シグナルを供給するCD28分子(28z型)や4-1BB分子(BBz型)を単独(第2世代型)或いは複数(第3世代型)でT細胞活性化シグナル伝達分子CD3ζに直列に繋いだ細胞内ドメインを持つ。第一シグナルのみに依存した第一世代CAR-T細胞が輸注後患者体内で十分な生着期間(persistence)を得られず臨床効果に乏しかったのに対して、第2世代以降のCAR-T細胞は、4-1BBのBcl-xL誘導による抗アポトーシス効果や、CD28分子のエフェクター機能増強によって、それぞれ生着延長と目に見える臨床効果を実現した。最近、28z型、4-1BB型CAR-Tの代謝特性の違いも注目され、より多面的な解析が進んでいる
    一方で、細胞表面抗原を標的とするCAR-Tでは、がん細胞特異的ながん抗原が極めて乏しいことから、正常組織に対するon-target/off-tumor有害事象が不可避となっている。加えて、CAR-Tの治療効果と表裏一体の関係にはあるが、サイトカイン放出症候群(CRS)や中枢神経障害(NT)と言った特有の免疫関連有害事象を伴う。より有効なCAR-T開発を目指すには、これらの課題への対応も含めて、改めて、がん細胞特異的な、より適切な治療標的抗原の選択とCAR-Tの総体的な機能的親和性の最適化が重要となっている。当研究室も、これらの視点を踏まえて独自のCAR-T開発を進めている。(参考文献3,4)
  4. まとめ
    TCR-Tはがん細胞内プロテオゾームで処理される膜タンパク, 細胞質タンパク, 核内タンパク全てが認識対象となる。結果, ネオアンチゲン, がん・精巣抗原, ウイルス関連抗原など広範囲な抗原を治療標的にできるため潜在的な臨床的汎用性は高い。さらに, ワクチンによる機能的なboostも可能で, 固形がん治療における利点を支持する報告も少なく無い。しかし、病勢の進行と伴にHLA発現低下が進む固形がんでは、当初からHLA非依存性にがん細胞を認識して排除するCAR-Tへの期待は大きかった。現在、その足踏みは難渋してはいるが、今後, 対象とするがん種, 標的抗原に応じて, context-dependentにTCR-TとCAR-Tの住み分けが進むと考えている。(文責:藤原)

(参考文献)

  1. Rego RT, Morris EC, Lowdell MW. T-cell receptor gene-modified cells: past promises, present methodologies and future challenges. Cytotherapy. 2019; 21: 341-357.
  2. Restifo NP, Dudley ME, Rosenberg SA. Adoptive immunotherapy for cancer: harnessing the T cell response. Nat Rev Immunol. 2012;12(4):269-281.
  3. Eshhar Z,et al. The T-body approach: potential for cancer immunotherapy. Springer Semin Immunopathol 1996;18(2):199-209.
  4. June CH et al. Chimeric antigen receptor therapy. N Engl J Med 2018; 379: 64-73.

(図の説明)

CAR-TとTCR-T

TCR(左)またはCAR (右)遺伝子を導入した遺伝子改変T細胞。右端は内在性TCR。治療用TCRの発現効率を高める目的で、この内因性TCRを抑制する技術開発が進んでいる。TCRはがん抗原エピトープ・HLA複合体を認識し(HLA拘束性抗原認識)、CARはHLA非依存性にがん細胞表面抗原を認識する。TCR:T細胞受容体、 CAR:キメラ型受容体、 HLA:ヒト白血球抗原、 Va:TCRa鎖可変領域、 Vb:TCRb鎖可変領域、 Ca:TCRa鎖定常領域、 Cb:TCRb鎖定常領域、g/d/e/z: 各CD3の構成分子、VL:免疫グロブリン軽鎖可変領域、 VH:免疫グロブリン重鎖可変領域、 ITAM:免疫受容体チロシン活性化モチーフ。