研究について

(7)新しいがん免疫療法のトランスレーショナルリサーチ:TCR遺伝子改変T(TCR-T)細胞の輸注療法

がん抗原を認識するT細胞受容体(TCR)遺伝子を組み込んだウイルスをリンパ球に感染させることにより、リンパ球に新たなTCRを発現される技術が開発されています。このTCR遺伝子改変T細胞をがん患者さんに輸注することで、がんを攻撃するキラーT細胞を体内に導入して、がん細胞を攻撃しようとするものです。このTCRの治療法は、日本では三重大学が始めて行いました。すでに海外、アメリカを中心にメラノーマ、滑膜肉腫を中心に臨床開発が進んでいて、有効例の報告があります。

 

 

2010年に初めて食道がん例に対してTCR遺伝子改変T細胞輸注が行われ、これまで食道がん10例を対象にした遺伝子治療臨床研究が終了しました。その結果、安全性は問題なく、1回輸注したリンパ球が長期間にわたり、血液中に存在し続けることがわかりました。(論文発表 Clin Cancer Res. 2015;21(10):2268-77)

TCR遺伝子改変T細胞の輸注療法の臨床試験

siTCR-WT1遺伝子改変T細胞輸注

TCRがWT1抗原に反応できるようにしたT細胞を対外で作製し、患者さんに輸注するものです。siTCRテクノロジーを応用したベクターでTCR遺伝子導入をした初めての臨床研究です。白血病、骨髄異形成症候群を対象に2013年から開始しました。三重大学、名古屋大学、藤田保健衛生大学、愛媛大学の多施設共同臨床試験で、このような遺伝子改変細胞を三重大学で製造し、各期間へ供給する始めての取り組みです。
8例の患者さんに輸注が行われ、現在、結果を解析中です。TCR遺伝子改変T細胞輸注による大きな副作用はみられませんでした。(学会発表 米国血液学会2015)

TBI-1201遺伝子治療医師主導治験(MAGE-A4抗原)

食道がんに約50%に発現し、いろいろながんに発現されているMAGE-A4抗原に対するTCR遺伝子をリンパ球に導入して、患者さんに輸注する治療で、2014年から開始されています。対象はMAGE-A4抗原が発現していて、通常の治療が無効となったがん患者さんです。遺伝子導入リンパ球を輸注する前に、化学療法剤(シクロホスファミド、フルダラビン)を前処置として投与します。この試験は、三重大学、国立がん研究センター中央病院、国立がん研究センター東病院、慶応義塾大学、愛知医科大学、名古屋医療センターにおいて、多施設共同医師主導治験として行われています。

TBI-1301遺伝子治療医師主導治験(NY-ESO-1抗原)

食道がん、メラノーマに約30%、滑膜肉腫、粘液性脂肪肉腫では80%以上に発現し、いろいろながんに発現されているNY-ESO-1抗原に対するTCR遺伝子をリンパ球に導入して、患者さんに輸注する治療で、2015年から開始されています。TBI-1201同様、対象はNY-ESO-1抗原が発現していて、通常の治療が無効となったがん患者さんです。遺伝子導入リンパ球を輸注する前に、化学療法剤(シクロホスファミド、フルダラビン)を前処置として投与します。
この試験は、三重大学、国立がん研究センター中央病院、国立がん研究センター東病院、慶応義塾大学、愛知医科大学、名古屋医療センターにおいて、多施設共同医師主導治験として行われています。

図は、これまで当講座で実施してきたTCR遺伝子改変T細胞輸注の臨床試験をまとめたものです。2つの臨床試験が現在実施中です。

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海外でのTCR-T細胞療法の臨床試験

図で論文発表順に8つの報告をまとめています。初めての報告は2006年にアメリカの国立がん研究所(NCI)からの発表されたもので、17例の難治メラノーマ患者にMART-1というメラノサイト関連抗原を認識するTCRの遺伝子を導入したT細胞を輸注したもので、17例中3例に効果があったとするものです。その後、7つの報告がありますが、メラノーマを対象にした臨床試験が多いことがわかります。他のがん種では骨軟部肉腫の一種である滑膜肉腫を対象にしてNY-ESO-1抗原に対するTCR遺伝子を導入したT細胞輸注が注目されています。滑膜肉腫はNY-ESO-1抗原を高頻度に発現していることも知られています。2016年のアメリカ臨床腫瘍学会(ASCO)において、12例中1例で完全奏功(CR、すべての病変は消失)、5例で部分奏功(PR、総腫瘍径が30%以上減少)、60%の例で効果があったと報告しています。
一方で、重篤な有害事象(死亡例を含む)の報告もあります。特にTCR遺伝子に変異を入れて抗原ペプチドとの親和性を高めた遺伝子を導入した場合におきやすいこともわかっています。図にあるMAGE-A3を標的抗原にしたTCR遺伝子導入T細胞輸注で、3例の中枢神経の有害事象が発生しました。この原因は脳実質にMAGE-A12がごく少数の脳細胞に発現し、このTCRがMAGE-A12にも強く反応する特徴をもっていたためとされています。同じMAGE-A3で心臓障害が発生しました。これは、このTCRがtitinというMAGE-A3とは無関係でありながら、TCRが偶然titin由来のペプチドに交差反応することによるものとされています。このようにTCRの反応性を高めることにより、がん細胞への効果も高まる利点もありますが、同時に他の抗原や微量、低頻度の抗原にも反応する危険もあることがわかってきました。
当講座では、TCR遺伝子の反応性を、試験管内(in vitro)で確認する方法を開発していて、現在実施しているMAGE-A4とNY-ESO-1のTCRの安全性を確認して臨床試験を開始しています。
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内在性TCRを抑制させるsiTCRテクノロジーの応用

三重大学はタカラバイオ(株)との共同研究で、新規のレトロウイルスベクターの開発研究を行いました。TCRα鎖とβ鎖遺伝子の読み取りを抑制すサイレンシング遺伝子(siRNA)をベクター内に搭載します。導入用のTCR遺伝子にはコドン修飾をかけることによりsiRNAの影響を受けずに、目的のTCRだけが効率よく発現できるシステムです。このテクノロジーにより、TCRミスペアリング(アイノコTCR)を防ぎ、また内在性TCR抑制により、他人のリンパ球利用への道が開かれます。

 

名古屋市科学館で展示されています

2015年から三重大学の開発したTCR遺伝子改変T細胞の紹介が、名古屋市科学館で展示されています。